秩父宮賜杯 第41回 全日本大学駅伝対校選手権大会


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歴史

全日本大学駅伝がスタートしたのは1970年。「全国の大学が出場できる、大学駅伝日本一を決める駅伝を」と、東海学生陸上競技連盟と朝日新聞名古屋本社が中心となって企画。各地区学連にも呼びかけ、企画から1年後の3月に開催実現となりました。各回のさまざまなエピソードを、写真とともにご紹介します。

第14回大会開催日/1983年1月23日 区間/7区間 距離/108.9km

4区以降、区間賞独占日体大が大会新でV

第14回大会

零下1.4度(午前9時)という厳しい冷え込みの中で、レースはスピード走者をそろえた日体大の戦法が見事、的中。大会記録を2分1秒短縮する5時間20分44秒の新記録で王座についた。3区で大東文化大の米重修一選手が健闘し、日体大は一時首位を奪われるが、4区で有坂精児選手が力走し、再びトップに。4区以降はいずれも区間賞。独走態勢を維持して、3年ぶりに7回目の優勝を決めた。前半に勝負をかけた大東文化大は中盤以降、選手層の薄さで日体大に突き放され2位。主力選手が欠場した福岡大、そしてエース不在の中京大は決め手に欠け、それぞれ3位、4位にとどまった。日体大は新春の箱根駅伝にも優勝しており、この季2勝目となった。