秩父宮賜杯 第41回 全日本大学駅伝対校選手権大会


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歴史

全日本大学駅伝がスタートしたのは1970年。「全国の大学が出場できる、大学駅伝日本一を決める駅伝を」と、東海学生陸上競技連盟と朝日新聞名古屋本社が中心となって企画。各地区学連にも呼びかけ、企画から1年後の3月に開催実現となりました。各回のさまざまなエピソードを、写真とともにご紹介します。

第2回大会開催日/1971年1月17日 区間/8区間 距離/111.4km

激戦を制し、日体大が完全優勝で2連勝を飾る

第2回大会

快晴のコンディションのもとスタートした前半(4区間54.8km)は、1区から日体大と国士舘大の激しいトップ争いとなったが、4区日体大の小沢欽一選手が力走。国士舘大に約100mの差をつけ、トップでテープを切った。しかし後半(4区間56.6km)のスタート頃から、12mの強風が選手を悩ませ、レースも混戦気味に。5区は日大、6区は中京大、7区は日大が首位と、日体大の完全優勝の前に立ちはだかる強豪3校。最終区、100m差を追う日体大はピッチ走法の田中弘一選手が好走しへ徐々に差を縮め、6km付近で日大・佐藤進選手と一騎打ち、逆転ゴール。日体大の完全優勝への執念が実を結び、第1回に続く覇者となった。